富士山山行記 2009/08/19 Y.H

種別 個人山行  目的 ご来光とお鉢めぐりを楽しむ
山名 富士山(ふじさん)  山域 静岡・山梨
日程 2009年8月18日(火)〜19日(水)
天候 両日とも晴れ 
メンバー CL Y本 SL Y井

行程
8月18日
[名古屋駅南口]8:00===14:05[富士山五合目河口湖口]14:55・・・・・21:15[八合五勺御来光館(食事・仮眠)]
8月19日
[八合五勺御来光館(仮眠)]2:25・・・・・4:19[富士山頂]5:30・・・・・9:10[富士山五合目河口湖口]10:10===11:40[天恵の湯]13:30===14:10[御殿場アウトレット]17:30===22:10[名古屋駅南口]

18日、早朝5時、旅行会社からの電話が鳴った。京都でバスの車両故障が発生し出発が2時間遅れとなった。幸先の悪いスタートで嫌な予感。ツアースタート間もなく、高速道路上でY本さんの携帯にN村会長の訃報メールが入った。ずばり悪い知らせだ。悪い予感が当たってしまった。更にこの後、翌日は山頂での「お鉢巡り」が催行されない事となった。目的のひとつがおジャンになった。ご来光を見見ることはできたが、二人の山行の大きな目的が「お鉢巡り」だったので、達成できなかったのは、、お天気が良かっただけに本当に残念であった。

山行に関しては、富士登山ということで特に期待するものは無かった。格安のツアーなのだが、バスの設備や食事などに問題は無い。山小屋にしてもこの時期の富士山の小屋なら何処でも同じ待遇である。人人人・・・の登山道。都会の繁華街を歩いているのと変わりは無い。これが富士登山なのだ。山頂真近の長い列。ただやたらだらだら長い下山道。臭いトイレ、緑の少ない山肌。不快なほど横柄な言葉遣いの安全指導員。石を落としても「ラクーッ」と言わない登山者。眠れない山小屋。ただ晴れてくれて良かった。

しかし・・・
富士は、聖なる信仰の山である。
冨士は、修験道の道場である。
富士は、昔荒ぶる山であった。
富士は、今は休火山と言わず活火山と言う。
富士は、芸術の対象物である。
富士は、世界文化遺産に登録する運動に巻き込まれている。
富士は、日本の象徴である。
富士は、毎日の日の出さえご来光と崇められる。
富士は、少し前までレーダー基地であった。
富士は、日本で一番高い山である。
富士は、富士五湖といわれる湖を持っている。
富士は、あこがれの山である。
富士は、昔からそこにあった。
富士は、何処へも行かない。
富士は、多くの人々の生活を成り立たせている。
富士は、その姿を見せることで、多くの人を幸せにする。
富士は、私が山を始めるきっかけとなった山である。


富士スバルラインを走っている時は、曇りだった。五合目に近づくとガスもかかり始めていた。ところが、五合目駐車場に着いた時には雲を抜けて、紺碧の快晴の空が広がっており、2300mの標高の足元には雲海が広がっていた。

八合五勺の「御来光館」についたのは21時過ぎ。カレーライスは特別美味かった。眠られないまま、24時過ぎ外に出ると、雲の無い暗黒の夜空に満天の星屑と星座が張り付いていた。ひんやりとした空気が美味い。

 「御来光館」からは、途切れる事無くヘッドランプがうごめいている。ヘッドランプの列の先が山頂。日本一の頂で食べた朝弁当。ようやく山頂に到達した登山者達の苦しみから解放されたような安堵の顔。間もなく昇るご来光への期待。


下山も急降下
五時丁度、雲海の水平線の上ではなく、少し下の厚い雲の切れ間の中に赤い陽が映し出された。「ウォーッ!」と響くような歓声が上がった。それから更に五分ほど寒さに震えながら待つと、雲海の水平線上に黄金色に輝く光芒が矢のように放たれ始めた。再び上がる歓声と溜息。多くのシャッター音が聞こえる。見つめる人々の目も輝いている。そしてその満ち足りた笑顔、笑顔。


「登って楽しい山でしたか?」と問われると、返事に詰まる。「日本で一番高いところへ、この足で、歩いて登ったことが嬉しい」と答える。単純に登れたことが嬉しい。

一人で出かけるつもりでいたけれど、Y本さんがお付き合いしてくださった。本当にありがとうございました。



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