愛知・三重県連主催 藤原岳清掃山行に参加して H.Y

2009年6月7日(日曜日)  天候 快晴
メンバー 総勢32名 指名統括リーダー Y井
A PL Y田 SL H尾S N村 A尾 Mm N谷 I藤s Y本 H尾j M田 S水 F永 I川 会員外2名
B PL S木 SL M野 K谷 K味 M島 S田 O本 K藤 M田 A井h F谷 K藤 A井f 会員外1名
県連役員 S藤 H畑

行程
[名古屋駅広小路口・集合]6:45 +++ 7:11[近鉄名古屋+++近鉄富田+++西藤原]8:29 [西藤原駅・ミーティング、準備体操]8:50 ・・・ 大貝戸道 ・・・ 9:15[2合目・休憩]9:28 ・・・ 9:48[四合目・休憩]10:02 ・・・ 10:50[八合目・休憩]11:03 ・・・ 11:50[藤原山荘前広場・大休憩]12:30 [集会、清掃]13:13 ・・・ 13:50「八合目・休憩」14:02 ・・・ 14:38[四合目・休憩]14:50 ・・・ 15:25[登山口休憩所]15:45 ・・・ 15:52[西藤原小下駐車場・計量]16:05 ・・・ 16:15[西藤原駅・ミーティング、整理体操] 16:37 [西藤原+++近鉄富田+++近鉄名古屋]18:25 「近鉄名古屋駅・解散」18:30

今年も例年通り、愛知・三重県連主催の清掃山行が行われた。今年の清掃山行のリーダーに私が指名された。リーダーの役割は、第一に、「安全」に登り「安全」に降りてくることだ。次は、「楽しく」がキーワードだ。楽しく登れるとは、何も面白おかしくおしゃべりをすると言うことではない。予定された計画が滞り無く運ぶことがストレスの無いものになり、曳いてはそれが余裕となり、コミュニケーションも生まれてこようと言うものだ。

計画を立てること、下調べをすること、確認をすること、危険やトラブルを事前に想定し、対策を準備しておくこと・・などは、在職中の業務と変わりはない。だが、山行は違う。メンバーの質も違えば、私の立場も組織も違う。山行は、自然相手で計画通り行かないことが当たり前のことなのだ。最も大きな問題は、私が山に関する経験や知識が不足している初心者であることだ。これは、どうにもならないので会の仲間に助けていただくしかない。今回リーダーの指名を受けたのを期に、今まで甘えさせていただいたお返しをしなければならない。

行き先は藤原岳に決定し、下見も済ませ、コースも決定した。そこに至るまでに、S藤さんからは、清掃山行に関する情報・資料をたくさんいただいた。H尾jさん、H尾sさん、Y田さんからも、多くのアドバイスや指摘を受け、計画を練った。清掃山行の他の担当者の方から多くの協力を得ただけでなく、担当者ではない方々のお力をお借りすることにもなった。



スタートから時間のゆとりができた。快晴の空が、私達を歓迎してくれ、樹林の中を歩く間時折少し冷気を含んだ心地良い風が、吹き抜けながら汗ばむ身体に活力を与えてくれた。各パーティーリーダーの無理の無いゆっくり歩き、休憩を取りつつ、高度を上げていく。時折列の中のアチコチでいろいろな会話が生まれていた。余裕があるな、OK。私にも余裕がある。こんな快適な山歩きは久しぶりだ。


藤原山荘まで3回の休憩を挟んでも計画より早く到着した。公開ハイクからの参加者を想定したコースタイムなのが良かったかも。全員無事到着した。一部の元気な方達は、山頂集会までの時間を利用して、展望丘まで往復した。展望丘は、時折ガスがかかっていたようだったが、琵琶湖方面を見渡すことができたのだろうか。お聞きするのを忘れた。


山頂集会というのがどんなものなのかこの目で確かめることができた。会の役員をしておられる、H畑さんから集会の記録写真を写してほしいと依頼を受けたので、いつも持ち歩くコンパクトデジカメで何枚か集会風景を写した。挨拶に立たれた方々それぞれのお話しがあったが、皆山を愛する気持ちで繋がっているのだと言うことを感じることができた。


集会後、藤原山荘周辺、特に裏手を念入りにゴミ袋を持って、探しながら拾い歩いた。そこはゴミの吹き溜まりになっていた。下山ルートは登りと同じなのでほとんどゴミを拾うことは無かったが、それでも時折、目敏く小さなゴミを見つけては、袋に入れておられる方もいた。総参加者164名の署名があり、ゴミの回収量は32.9kg、内我があつたは、13.2kgを集めたと報告があった。登山者のゴミに対するマナーが良くなったと言っても決してゴミがなくなることは無い。これからもこういう活動は継続していかなければならない。


下山時、時折足を滑らせる方がおられたが、転倒事故に繋がることはなかった。今回の清掃山行は、会員29名、登山学校卒業の方3名を加え、32名の大所帯になった。トラブルや事故も無く無事下山できたのは、大勢の協力者がいてこそであった。N村会長のリーダーシップは欠かせないものであったし、サブリーダーのM野さんには、切符の購入から金銭管理までお手伝いいただいたし、H尾sさんとÅ井fさんには、三岐鉄道の切符を手配するため事前に出発して金銭の立替までお願いしてしまった。Y本さんにはメンバーのためにリボンや腕章を管理していただいたし、I川さんには、記録係として、ボイスレコーダーを利用した記録により正確な報告書を作成していただいた。Bパーティーのリーダーを突然の指名にもかかわらず快く引き受けていただいたS木さん、名古屋駅集合時にはK藤さんに計画書や地形図をお渡しいただくお手伝いをいただき、M田さんには、クールダウンのリードをお願いした。山行中、判断を必要とするときにY田さんに何かとアドバイスをいただいたお陰で問題も無く無事終えることができたのだと思う。そのほかに共同装備をお願いし、お持ちいただいた方々など多くの方にお世話になった。私の気が付かない場所でお気遣いいただいた方も大勢おられたと思う。参加していただいた皆さんに心より感謝である。

今回の清掃ハイクの実行役員であるS藤さんとH畑さんのお働きは、大変なものだったと思う。県連の副理事と言う立場からも、N村会長は、初心者の私がリーダーで気苦労をされたことと思う。


反省点もある。今回の清掃ハイクは、公開ハイクも兼ねており、会の方以外の一般からもメンバーを募集した。4名の問い合わせがあった。いただいた情報から私が連絡を取って勧誘することにした。私の説明が上手くなかったことから嫌気が注し辞退された方。(私の憶測だが・・)詳しい資料を作り送付したのが反って仇になり高齢者に不安を感じさせ辞退をさせることになったこと。8年前1100mの三河の山を歩いて以来山は歩いていない上、運動靴しかないという61歳の方には、私の方から藤原岳はきついのではと、辞退を促す発言をしたため、不参加を決められた方。せっかくのご応募に対し、腰の引けたような私の態度が、結局一人の山行にも結びつかないと言う結果になってしまった。猛省しなければならない点だった。山歩きは、自己責任はもちろんだが、助け合いでもある。一般の方が参加することで学ぶことも多かったはずであったと、反省仕切りである。

解散後、有志同士での飲み会は、人数が多すぎると言うことで、店側から断られ入場できなかったので、別の場所を探すことになった。飲むことが得意でない私は、このタイミングで、皆さんとお別れし、近鉄名古屋駅に戻り、伏屋までの普通電車に乗った。西の空は、まさに夕陽が落ちる情景であった。今日登った藤原岳より南の御在所あたりにかかった雲を赤く染め、いつもの倍くらいの大きさに見えるオレンジ色のでっかい太陽がゆっくり沈んでいくのが車窓に映し出されていた。


私は会に入る前は全て単独山行をしていたので、自由気ままな山歩きであったため、大勢で歩くのは苦手だと感じていた。しかし、入会して会の仲間からグループ山行の良い点をたくさん教えていただいた。その中でも何よりも大きな宝は、新しい人間関係だ。そして、今回の山行でもすばらしい人達との出会いを楽しむことができた。リーダーという役割りを経験をさせていただいただけでなく、何よりも素敵な出会いができたことに感謝。感謝。



山行記に戻る   トップページへ戻る