ルポ 子どもができて会に来なくなったメンバーのその後
記: 金山探偵事務所

あつた幹部は、新入会員の定着に腐心すると同時に、子どもができて会に来なくなったメンバーの増加にも頭を痛めている。私は某氏の依頼を受け、そんなメンバーがどうなっているか追跡調査を行った。

会員I氏は近々入会7年目になる。夫婦揃って入会し、すぐに夫婦で雪山に行った。「次は冬合宿だ!」とはりきっていたら、子どもができた。奥さんは会をぬけ、I氏は次第に姿を見せなくなった。

I氏は言う。
「始めは赤ん坊を連れて例会に行っていたのです。でも、例会・山行共にご迷惑をかけるだけです。それで、我が家だけで山に行くようになりました。乳児の頃は、いろいろな山に行ったものです。ウチの子は『愛知100山』(『130山』はまだ出ていなかった)のうち20山くらい行ってるんじゃないかな。本人は覚えてませんが(笑)」

これはむしろ、模範的山屋でないか。そんなI氏が、どこで道を踏み外したのだろうか。
「背負子は2歳くらいで終わりです。親が背負えなくなるし、本人も歩きたがります。2歳の子どもには山はムリです。そこで、家内の趣味が海外旅行になったのです」

これはまた突飛な転換である。
「子連れで遠出するには、海外旅行の方がラクなんです。タクシーで小牧まで行って、飛行機に乗せてもらって、現地ではレンタカーやツアーバスを使います。子どもや大荷物を抱えて移動する国内旅行なんて、ぞっとします。」

しかし、費用が心配ではないか。
「2歳までは、ほとんどタダなんです。それに、国内で遠出しないし、国内旅行も費用が高いので、1年で考えれば大差ないですよ。0歳でバンコク、香港、カナダに行きました。以後毎年これくらいのペースで行っています。」

二人目の子どもが生まれてからは、どうなのだろう。
「すっかり出かけなくなりました(苦笑)。上の子がいるので、背負って低山に行くことができません。男の子なので、香港や上海なんて危なくて連れて行けません。ラクで安心な遠出といったら、グアムくらいです。そろそろキャンプに連れ出そうと思っています。」

I氏はもう山に行かないのだろうか。
「1年に片手の数くらい、日帰り単独で行っています。あと数年で子どもに手がかからなくなるので、やがて復活します!今から着々と準備をしていますよ。」

ほほう。
「子どもにせがまれて近所の温水プールに行くと、子どもを見ているだけでボーっとしている親がいます。私は違います。子供用プールを使って踏み台昇降運動をして、足腰を鍛えています。子どもを抱っこするときは子どもをバーベルにして上半身を鍛えます。」

なんとも怪しい姿ではないか。と同時に、日々衰えてゆく体力への焦りが感じられる。
「若い時は、展望のない山には登る気がしませんでした。今は違います。たとえ100mの山でも、その山の良さを楽しみながら登れるようになってきました。こういう楽しみ方ができるようになったのは、子どもが生まれて遠くの山に行けなくなったおかげです。」

人間、何が幸いするか、わからないものである。
「丸1日一人で出かけることはできないけど、コマ切れの時間はあるんです。そこで、家に水草水槽を置くようになりました。今ではこれが第一の趣味です。自分一人が山に行くのと違って、家族に楽しんでもらえます。この楽しみも、子どもが生まれてなかったら知らずにいたと思います。」

会から足が遠のいても、他の楽しみがあるというわけである。
「でも、子どもが生まれなかったら今ごろバリバリの山屋になっていたかも、という思いもあるんです。あつたは、岩も沢も山スキーもカバーする会です。その楽しみ全てについて、私はもっと知りたいのです。残念です。」

…それを、あと数年後から始めるのでは、ちょっと遅くないだろうか。
「あつたには40歳を過ぎて入会して、その後6000m峰の世界初登頂者になった人がいます。私にはそこまではムリですが、彼の例が励みになっています。」

凄い人がいたものだ。I氏が体力のあるうちに復活することを祈りたい。
「復活の暁には、あつたの小西政継と呼んでください。フッフッフ」

この例えは、身の程知らずというものだ。この人、やっぱりちょっとアブない。小西さんのように遭難しないでくださいよ。

(取材 2001年10月8日 投稿 縄文人)


[ 山行記へ戻る ][ トップページへ戻る ]